特命リサーチ200XII見たりしてw

古代ギリシア文明。
アンティキティラの歯車。

古代に現代よりも発達した文明があったとして、
飛行機が飛んだりすることが発達した文明なのだろうか。

科学が進歩することが技術なのだろうか。

技術はセンス。
感性の為し得たものだと感じる。

素晴らしいほど調った感性を持っていたとするなら、
式なんていらない。

だって、目に見えるものとして捉えなくても
捉えることができているんだから。

たとえば、ピラミッドとか。
あと、コスタリカの石球。

正四角形であり、真球。

素晴らしく調った感性を持っていたら、できるんじゃ?



美術の時間とかで、「正円」を描く練習をしたことがあるかな?
あとデッサン。
寸法を測らずに、見たままを描けるならどうだろう。
定規やコンパスなしで、
まっすぐな線や、綺麗な正円が描ける人がいるなら、
ありえませんか?

もちろん、なぜピラミッドや石球が必要だったかはおいといてw





すべてのバランスってさ、定義していくのもめんどうだけど。
トーナメントの図に、1戦ごとに1天秤を思い浮かべてください。
そのトーナメントの頂上にある天秤はひとつです。
頂上の天秤の左側には、またひとつ天秤があり、
頂上の天秤の右側にも、またひとつ天秤がある。

ひとつの天秤が観えてくること。
それはもう片方にある天秤も観えてくるということ。

すべての天秤は、すべてでひとつなんだ。

そして、頂上の天秤を支えているものが存在するんだ。

土台


土台が頂上の天秤を支えていて、
頂上の天秤が他のすべての天秤を支えている。

人でいうなら、身体。
身体が頂上の心を支えていて、
頂上の心が他のすべての心を支えてる。


もし、自分を、身体と頂上の心 と、捉えれるなら
身体はすっごく楽になり、心も軽くなるんじゃないかな。

 

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