毎日書き始めたのは、書くものが増えたから。
毎日書かなくなったのは、書くものが減ったから。

当然、思いは感じていて、書くものがないわけじゃない。
ただ、その思いを書こうとしたら、ぱっと思いが消える。
捉えていないからとも言える。
今書けているのは捉えているからとも言える。

書かなくなったのは、気持ちの整理が着いて来たから。

身に出さず、口に出さず、意の時点で収め始めたから。

 

心は廻る

2005年3月21日
なにかを悪く言うこと

それは

自分の質を表していると言うことを忘れないで

もちろん

身口意のすべてで同じであることも忘れないで

 

現在から今へ

2005年3月19日
過去を観ることも未来を観ることも

すべては現在を観る為に観ていること

それに気付けば過去も未来も手放せる

だから今が観えて来る

 

刹那

2005年3月17日
「今」と言う、一瞬の遠さを知った。

現状で、俺が認識できる「今」は、二、三歩んだ後の「今」。

もちろん、俺が認識できるレベルでの、二、三歩だけど。


2年前に書いた内容

あの頃から少しは進んでいる様で、

どうやら俺は、入門出来た様だ。

 

気は付けるもの

2005年3月15日
なんにも容れていないから、
なんでも容れられる。

気を持っていないから、
なんでも受け入れられる。

 

受容

2005年3月12日
書けば書くほど

恥を書いている自分を知る

そして

でも、それでいいんだと覚ると

そこからまた一歩進む

 

No.0 THE FOOL

2005年3月12日
タロットカード(大アルカナ)の話を聞いた。

物語を文字だけで要約説明だったが、なにかが観えた。

十牛図が、悟りと生き方を示すものなら、
大アルカナは、悟りとこの世界を示しているのかな と。

今の俺にはそう観えたんだ。

 

一、役者として

2005年3月10日
観方を舞台に喩えて観る


舞台上で演じるもの

舞台を観ているもの

舞台上で演じているものや舞台を観ているもの を観ているもの

舞台上で演じているものや舞台を観ているもの を観ているもの を観ているもの


舞台上から観えるのは、視覚、聴覚、触覚、嗅覚、味覚 という五感。
舞台を観ているものから観えるのは、意識 という第六感。


一生懸命、役を全うしよう。
ただ、自分は役を演じ、舞台を観ていることも忘れずに。

なにかに夢中に成ることは、我を忘れることに同じで、
我を忘れていると、なにがなんだか覚らない。

落ち着いて演じて行けば、
今、自分がどんな役なのか少しずつ観えて来る。

本来の役が覚って来るに連れ、すべてでひとつな舞台に立つことが増えて来る。
その時々の役も観えて来て、自ずと周りの役も観えて来る。

次第に共演者や観客と一体と成り、
やがて、すべてでひとつな劇が出来る。

 
気を手から放せば

気は落ちて

地に着く


手を空ければ

手は下ろすこともできる


今まで使えなかった手が使える


手が自由に成れば
足枷を自分で外すことも出来る

自由に成った手足で
洗面所へ行き顔を洗うことも出来る


然う為て
捉われを放して行く

然う為て
囚われは解けて行く

 
誰かが私に興味深いお話を伝えてくれました
もし現在の人類統計比率をきちんと盛り込んで
全世界を100人の村に縮小するとどうなるでしょう

その村には…

57人のアジア人
21人のヨーロッパ人
8人のアフリカ人がいます

52人が女性で
48人が男性です

70人が有色人種で
30人が白人

70人がキリスト教以外の人たちで
30人がキリスト教

89人が異性愛者で
11人が同性愛者

6人が全世界の富の59%を所有し
その6人ともがアメリカ国籍

80人は標準以下の居住環境に住み
70人は文字が読めません
50人は栄養失調に苦しみ
1人が瀕死の状態にあり
1人は今生まれようとしています

1人は(そうたった1人)は大学の教育を受け
そして1人だけがコンピューターを所有しています

もしこのように縮小された全体図から 私達の世界を見るなら
相手をあるがままに 受け容れること 自分と違う人を理解すること
そしてそう言う事実を知るための教育がいかに必要かは
火を見るより明らかです

また次のような視点からもじっくり考えて見ましょう

もしあなたが今朝目が覚めた時 病気でなく健康だなと感じることが出来たなら
…あなたは今週生き残る事のできないであろう100万人の人たちより 恵まれています

もしあなたが戦いの危険や投獄される孤独や獄門の苦悩
あるいは飢えの悲痛を 一度も経験したことがないのなら…
あなたは世界の5億人の人たちより恵まれています

もしあなたがしっこく苦しめられることや逮捕拷問
または死の恐怖を感じることなしに教会のミサに行くことが出来るなら…
あなたは世界の30億人の人たちより恵まれています

もし冷蔵庫に食料があり着る服があり 頭の上に屋根があり寝る場所があるなら…
あなたは世界の75%の人たちより裕福で恵まれています

もし銀行に預金がありお財布にお金があり
家のどこかに小銭が入った入れ物があるなら…
あなたはこの世界の中で最も裕福な上位8%のうちの一人です

もしあなたの両親がともに健在で そして二人がまだ一緒なら
…それはとても稀れ なことです

もしこのメッセ−ジを読む事ができるなら あなたはこの瞬間2倍の祝福を受けるでしょう
何故ならあなたの事を思ってこれを伝えている誰かがいて
その上あなた は全く文字の読めない世界中の20億の人々より
ずっと恵まれているからです

昔の人がこう言いました 我が身から出るものはいずれ我が身に戻り来ると

お金に執着することなく喜んで働きましょう
かって一度も傷ついたことがないかのごとく 人を愛しましょう
誰も見ていないかのごとく自由に踊りましょう
誰も聞いてないかのごとくのびやかに歌いましょう
あたかもここが地上の天国であるかのように 生きていきましょう

このメッセ−ジを人に伝えて下さい そしてその人の一日を照らしてください

※作:K.Leipold  ※訳:なかのひろみ

ありふれた日常

2005年3月7日
なにかが起こらなければ
自分が居心地がいいと思っているその環境から抜け出そうとはしないよね

なにかが起こらなければ
これが嫌だあれが嫌だと思っている自分を変えようとはしないよね

変わるきっかけは
ありふれた日常の些細な出来事から感じて行く中で起こるんだよ

 

惰性

2005年3月5日
習慣や癖

これらは惰性

 

人として

2005年2月28日
男としての優しさ
女としての優しさ

それらとは一線を画する

人として

生命としての優しさ

 

無知を知る

2005年2月26日
感じて行けば感じて行くほど

謝ることは増えて来る

 

謙虚さ

2005年2月26日
謙虚に成ろうと為て
謙虚に成れるものではない

謙虚に成ろうと為て
成るものは傲慢

 

霓の雫

2005年2月25日
掬い上げた水が手から放れる時

注ぐ雨

大地を潤し

芽吹く命

空に輝く

 

答えは常に

2005年2月23日
俺が伝えようとしているものは、答えじゃないんだ。
ただ問いかけているだけ。(問いに見えないものであっても)

その問いに気を留めるか留めないか。

答えは、他人からもらえるものじゃない。

答えは、自分の中にあり、自分の中から出せないもの。


むしろ、出せて、出してもなにも成らない。
そりゃ形には成るけど。

相手の実に成るのは、相手が気に留めてくれたから。
相手の身が育つのは、相手が気に留めてくれているから。


形に成ったから、相手の実に成るわけじゃない。

その人自ら、身を育てようと為なければ実りは為ない。


すべては己の気の持ち方ひとつで、如何様にも観得て居る。

答えは常に

此処に在る

 

相反する同一のもの

2005年2月23日
順調になれば 浮つき
不調になれば 踏みしめる

悩みがなくなれば 後向きに
悩みをかかえれば 前向きに

ポジティブであれば ネガティブに
ネガティブであれば ポジティブに

なにかに歩み寄ろうとすれば
その反動で傾くもの

 

鳴かぬなら

2005年2月21日
鳴かぬなら それも好きかな 時鳥 (break)

「好き」と書いて、「よき」と読む


自分の言葉が表せたので、他にどんなのがあるか調べて見たら

鳴かぬなら それも又よし ホトトギス (松下幸之助)

言いたいことはどうやら同じ

 

輪廻

2005年2月21日
何度も状況や場面を変えて
同じことが起こるのはなぜだろうね

それが起こってしまうのは
なぜだろうね

 

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